鯛(たい)の皮を着た鮒(ふな)

 

 

 

昔、ある川に鮒が住んでいました。

「わしはこの川の大臣じゃ。わしの父親は川上の知事じゃった。

そのまた親父は川下の町長じゃった。この川の魚では鮒が一番偉いのじゃ。」

「ふ〜ん。川魚では鮒が一番偉いのか。

父上、それでは、世界中の魚では何が一番偉いのですか。」

「うん、いい質問だ。世界で一番偉い魚は鯛という魚じゃ。

じゃが、鯛になるためには、海で住まなきゃならん。

海は水がしょっぱくて、よっぽど頑張らなきゃあ生きてゆけん。

無理はせんで良い。お前は川の総理大臣になれば良い。」

鮒の子は大きくなると親の言うことも聞かず、

ひとりで海に向かって泳いでゆきました。

―――「俺は絶対に鯛になるんだ。」

長い旅の末やっと辿り着いた海へ一歩踏み入れたとたんに、

鯛の子はしょっぱい水が鰓の隙間に入って

死にそうになってしまいましたが、

このまま引返すわけにもいかないので、

海と川の境で店を出している海産物屋で鯛の皮を一枚買って、

それを着て故郷へ帰ってゆきました。

ところが、故郷へ帰ってみると親は既に亡くなっていました。

人間に釣られて食われてしまったそうです。

鯛の子は悲しみました。

「なんてことだ。

親父様も鯛になっておれば海で住むことができただろうに。

たとえ、川に住んでいたとしても、畏れ多くていくら人間でも

鯛には手出しできないであろうものを・・。」

嘆いているうちに鯛の皮を着た鮒の子は腹が減ってきました。

ふと上を見るとうまそうなミミズが泳いでいるではありませんか。

鯛の皮を着た鮒の子は思わず、ガブリとミミズの体を飲み込みました。

「イタイ、イタイ、イタイ」

ミミズの体の中には釣り針が入っていたのでした。

鮒の子は暴れましたが、息が苦しくて意識を失いました。

釣上げた漁師はびっくりしました。

「わしゃこの川で何十年も魚を釣ってきたが、

まさか鯛がおるとは思わなんだ。

こりゃあ、修行をつんだ偉い鯛にちがいない。

鯛が真水で生きてゆくなど、

とてもそんじょそこらの鯛にできることではない。」

鮒の子は生簀の中で意識を取り戻して漁師のひとり言を聞いていました。

「こないだ釣った金バッヂをつけた鮒が

わしの生涯で最も自慢できる大物だと思っておったが、

長生きはするものじゃのう。」

鮒の子は親のカタキが目の前にいるというのに、

ピチピチはねるのが精一杯でした。

「金バッヂの鮒は御代官様に献上して表彰状をいただいた。

今度は、殿様に献上して、

生きの良いうちに活造りにして食ってもらおう。」

鮒の子はイキズクリという残酷な言葉を聞いて

飛び上がらんばかりに身の不幸を嘆きました。

ところが、殿様に献上された鯛の料理を命ぜられたコックは、

びっくりしました。

なにしろ鯛の皮を剥いだら、鮒が出てきたのですから・・。

コックは、すぐにその出来事を殿様に伝えたので、

殿様は怒ってすぐに漁師を呼びつけ死刑を宣告しました。

鮒の子は期せずして親のカタキを討つことが出来たので、

その点については喜びましたが、自分の身の嘆きは消えませんでした。

それは、鮒の子をコックが猫にやってしまったからです。

けれども運の良いことには、猫は下痢をおこしていたので、

「わしゃ、ナマモノは食わん。」と言って、城のお堀に捨てたので、

鮒の子は土管を潜って故郷の清き川に戻ってゆきました。

鮒の子は、その後総理大臣になったのか

村長にもならなかったのかは解かりませんが、

川が汚くなった今でも語部として、その川に生きているそうです。

 

 

詩詩自由録

 

詩埜美愛

 

うれ詩はずか詩あなわび詩