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89.念じて
                                



少年は一度だけ空を飛んだことがある

棚田の畦から飛び上がった 背中に風呂敷を靡かせてだ

その後いつだったか 月光仮面が落とした入歯を拾ったという人に出会った

黄色いマフラーで首を吊ったという幻探偵の噂も聞いた

それからはロボット型の不死身のヒーローたちが次々に現われ 正義を守ってきた

まるで彼等の行動には血も涙もあるかのようだった

だが世界が平和になったとかいう噂は未だ聞かない

血とは何か涙とは何か正義とは何か精神とは何か

そんなことより少年は空をもう一度飛びたかった

念じれば飛べるきっと飛べる それが少年の信念だ

少年は念じた念じた念じ続けた

少年は念じて念じて念じるたびに年取っていった

老いて老いて老いさらばえた少年は

今もなお

念じて念じて念じて念じて念じ続けている

あの れんげ草に覆われた 段々畑をもう一度眺めたいと







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