泥鍍金(どろメッキ)の観音様

 

 

昔、美作の国に質の良い鉄が採れる鉱山があった。

ある年、国の役人が人夫を何十人も集めて穴にもぐらせて鉄を掘っていた。

ところが何のひょうしか、

山にあった大きな穴の口が崩れて塞がってしまった。

穴の中で働いていた人のうち六助という名の男だけが、

穴の中に取り残されてしまった。

慌てふためきながらもやっと抜け出ることができた人夫達は、

その男はもう助からないだろうと思った。

報告を受けた役人は、六助の妻子に同情しながらも、

ありのままの事実を知らせた。

役人は六助の妻子の涙をみているうちに自分の役目が嫌になってきたが、

御上の命令なので止めるわけにもいかない自分の因果をうらめしく思い、

紙に観音様の絵を描いて鉱山の岩に貼り付けて拝んだ。

それを見た妻や子は、一緒に合掌して夫が成仏できるように祈った。

口の塞がってしまった穴の中で死んだと思われていた六助は、

長い間意識を失っていたが、ふと、穴の中で目を醒ました。

闇の中で六助はしばらくぼんやりとしていたが、

頭にたんこぶがあるのを見つけ、

自分の頭の上から岩が崩れ落ちてきたことを思い出した。

「自分はなんと運の良い男だろう。

あれほどの山崩れで、俺は命をとりとめることができたのだから」

これも仏様のおかげだ。

六助は独り言をいって、死んでしまっただろう運の悪い仲間達のために、

お経を唱えた。

しかし、あんまり熱心にお経を唱えたので腹が減ってきた。

今度は、自分のために摩訶般若波羅蜜多心経を唱えたが、

一向に埒があかない。そこで六助は考え直してみた。

俺は何か悪いことをしたのでは。

それで仏様が罰をお与えになったのではないか。

だが一体、俺はどんな悪い事をしたというのだ。

朝から晩まで家族の為に働きづくめだ。酒も正月以外は一切飲まない。

贅沢などしたことはない。

まして盗みや殺しなど一切身に覚えはないことだ。

この世で悪い事をした覚えがないとしたら、

前世で俺は罪を犯したのだろうか。

俺は前世でのことは何一つ憶えていない。

憶えていない自分など自分とは呼べない。

自分で自分と呼べないものを仏様は、自分と呼べとおっしゃるのだろうか。

そして罰をお与えになるのだろうか。

六助は、お経を唱えた後、又、考えた。

―――仏様が罰をお与えになったのは、俺が鉄を掘ったからに違いない。

俺は、掘り出した鉄で何かを作ったおぼえは無い。

だが、聞くところによると、俺たちが掘った鉄で刀が作られているという。

ひょっとすると、俺が掘った鉄で刀が作られ、その刀で、

人が何人も殺されたのかもしれない。

なんというおぞましい事だ。

だが、何故、鍋が作られないで刀がつくられたのだ。

刀を作ったのは俺ではない。それでも、仏様は俺を罰せられるのか。

それは、鉄さえ掘らなければ、

刀を作ることができなかったという理由でだろうか。

俺には耕す土地が無い。

だから、お役人に従って生計をたてているのだ。

もし、鉄を掘らなければ、俺も家族も飢死にしてしまうだろう。

それでも仏様は、俺を罰せられるのだろうか。

六助は、又、お経を唱えて考えた。

―――俺が掘った鉄で刀が作られたかもしれない。

だが、刀が作られたとしても、

その刀でまだ人は斬られていないかもしれない。

人が斬られていなければ、まだ俺は罪を犯したとは言えないはずだ。

それなのに俺はこんな岩の中に閉じ込められている。

仏様は時間を越えておられるので、これから起こるべき犯罪も見通して、

前もって罰を与えられたのだろうか。

六助はだんだん疲れてきて、腹が減っている感覚さえ朧になってきた。

六助はそれでも、心をこめてお経を唱えた。

―――仏様、もし私が前世で罪を犯しているのでしたら、

どんな罪を犯したのかをお知らせ下さい。

仏様が私をこの世に置いて下さる限り、

私は私の罪を償うためにのみ生きるつもりです。

仏様、もし、私が掘った鉄で作られた刀によって

斬殺された人があるのなら、その人の魂をお救い下さい。

仏様、もし、私が掘った鉄で作られた刀によって

まだ人が斬られていないのでしたら、

どうか、その刀で人が斬られることのないようお守り下さい。

仏様、私は仏様のおっしゃることなら何でもお聞きします。

また、仏様が私に罰をお与えになるのでしたら、

それがどんな罰であろうと私は喜んでお受けします。

仏様、どうか、私が今すべきことが何であるかをどうかお教え下さい。

仏様・・・。

六助は一心に心の中で祈った。

が、いつの間にか疲れ果てて眠ってしまった。

眠ったままで六助は夢の中でお経を唱えていた。

だが夢の中の六助は自分一人で拝んでいるのではなく、自分の妻と子、

そして役人が一緒に拝んでいた。

すると、その夢の中へ美しい観音様がお姿を現され、何も言われずに、

すぐにす〜っと姿をお隠しになった。

と同時に、六助の夢は醒めた。醒めた六助の耳に、

どこからかお経を唱える声が聞こえてきた。

六助が今いる世界は東西南北とも闇と静寂以外には

何も無い世界であったので、遠くから聞こえてくるお経の声は、

過去からのものとも、未来からのものとも思えた。

六助は、その遠くから聞こえてくる声に合わせて、自分もお経を唱えた。

すると、お互いの声が共鳴して、神秘的な一つの声を創り出し、

穴の中に響いた。六助は、まるでそれを仏様の声だと思った。

六助は唱え続けた。どのくらいの間唱え続けただろうか。

そしてその瞬間がいつであったろうか。

地が裂けるような大音響とともに、岩が崩れ落ちたのだ。

だが、六助の頭にはたんこぶはできず、

目の前に眩しい光がたちこめていた。

そして、しばらくして六助は、光の中に三つの影を見つけることができた。

それは、まさに、妻と子と役人の姿をした観音様―――六助にとっては

そうであるにちがいなかった。

六助は妻子を抱き上げ、役人に跪いて改めて仏様に感謝した。

役人は驚いた様子で六助に上から下まで目を這わせて、

そして、先ほど崩れ落ちて開いた穴の方を指差した。

なんと、崩れ落ちた岩は、単なる岩ではなく金塊だったのだ。

顔を見合わせ、しばらくの間、六助と役人は、

不思議な出来事を話し合った。

そして、六助は自分が生き埋めになってから

今日が四十九日目であることを知って驚いた。

自分ではほんの二、三日のような気がしていたからだ。

それから役人は、自分が描いて岩に貼り付けておいた観音様の絵が、

急に紙の上から抜け出されて、その瞬間に岩が崩れたのを見たと言う。

不思議がって皆で紙を探したが、土砂の下敷きになったのか見当たらない。

二人は金塊をどうするか考えた。

考えたが、何の為に仏様が、

自分達に金塊を下さったのかが解からない限り、その使い方も解からない。

そこで、二人は仏様に祈ってお窺いをたてたが、ご返事が無い。

正直者の二人は、

“それでは、この世の法に従って御上に届け出るのが

最も良い方法ではないか”と思ったが、

ふと、六助は、

“俺をお助け下さったのは、仏様であって、御上ではない”という事に

気がついた。

六助が役人にそのことを話すと、役人は、

「それもそうだ。あの世からの贈り物に違いない。

今日は六助の四十九日の法事なのだから、この世ではなく、

あの世の法に照らしてこの金塊を使うのがよかろう。

第一、御上に報告すれば、この金塊を売って、

刀や槍を買うに決まっておる。

そうすれば、又、何人かの者が殺されるに違いない。

仮に殺されないにしても決してプラスになるとも思えぬ。

しかし、一体、何に使うべきかのう。

皆に分けてやっても良いが、そうすると、すぐに御上の耳に入る」

首をひねった。

六助は言った。

「お役人様、この金塊で観音様をつくりましょう。

観音様にこの世を見張って戴きましょう。

私たちが掘った鉄が刀ではなく鍋に使われるよう見守って戴きましょう」

二人は力を合わせて、大きな黄金の観音様をつくりあげた。

二人は何も考えずにつくったのだが、その観音様の姿は、

六助が夢に見た姿と全く同じであり、

また、役人が自分で描いて鉱山の岩に貼り付けたものと全く同じであった。

二人は大いに満足して、手を合わせて拝んだが、

役人は、その眩しい観音様を見て、ため息をついた。

「これでは、一目で黄金で出来ていることが解かってしまう」

すると、六助は、お経を唱えた後、背伸びをして、

仏様の顔へ泥を塗り始めた。役人は驚いて怒鳴った。

「六助、お前は、観音様の顔へ泥を塗るのか」

「いいえ、お役人様、観音様が私たちをお守り下さるように、

私は、観音様を御上からお守りするのです。

そうすれば、観音様は、御上さえもお守り下さるはずです」

「なるほど、そうすれば、観音様は、この泥のような清い泥ではなく、

汚い本来の泥を、御上から塗りたくられるのを免れることが

お出来になるわけか」

二人が、このようにして、泥鍍金の観音様を作り、

国中の人に拝んでもらったところまでははっきりしているが、

二人のその後の生活がどんなものであったか、御上はどうだったか、

あるいは他の人夫達はどうであったかは解っていない。

 

 

詩埜美愛

 

うれ詩はずか詩あなわび詩