悲しい蝶

 

 

 

長かった冬もようやく終わったので、

二匹の毛虫が畦道を這って散歩に出かけてゆきました。

二匹はいつの間にか大きな道に出ました。

「ひゃあ、これが国道っていうミチなの。広いわねえ」

「ホント、でもおとなになれば、こんな道、ほんのひとっ飛びよ。

私、もうじき、美しい蝶になるんですもの。デス子、羨ましいでしょう」

毛虫の萌子は、そう言いながら空を飛ぶ真似をしたら、

バランスを失ってひっくり返ってしまいました。

「ヒャッヒャッヒャッ」

それを見て、デス子は腹をかかえて笑いました。

「そりゃあ、どうせ萌子は蝶の子、私は蛾の子、

でも今は誰がみても毛虫の子なんだから。

ミス毛虫に選ばれたからって気取るんじゃないよ。

私より少しウエストが細いだけなんだから」

「誰がみても毛虫の子ですって。そんなはずないわ。

私は蝶の子よ。そしてアンタは蛾の子なの。

胴が太くて恥ずかしくて昼間は飛べないものだから、

夜ばかり飛び廻っている娼婦の子なんかと一緒にされてたまるものですか」

「言ってくれるじゃない。そんなら、

アンタを避けて車が通ってくれるかどうか、この国道を横切ってごらんよ。

ミス毛虫」

「ああ、いいわよ。でも、そんなことは、

先ず言いだしっぺからやってみせるものよ」

萌子は、苦しまぎれにそう言いました。

デス子は、

なんと言うヘンチクリンなこたえが返って来たのだろうと思いましたが、

それを指摘すると、

なんだか自分の方が喧嘩に負けたことになるような気がしたので、

「うん、いいよ。でもアタイはどうせ蛾の子だから、

夜しかやらないからね。今晩、この国道を渡ってみせるよ。

だから、アンタは、明日、太陽が昇ってきたら、渡りなさいよ」

と言ってしまいました。

夜になりました。萌子は、

デス子はホントにこの国道を渡るつもりなのだろうかと思いました。

車に轢かれてしまう、そう思いました。

「デス子、やめなよ。蛾は娼婦なんかじゃないよ。

そんなに悲観しなくても・・。死ぬのはまだ早いよ」必死でとめました。

デス子は、その言葉を耳にすると、ますます頭に来て、

国道を渡りはじめました。

夜中は交通量もかなり減っていましたので、

デス子は真中あたりまで、どうにか無事に渡りました。

が、ついにダンプが走ってくる音が道路に伝わってきました。

デス子は恐怖のあまり、一歩も動けなくなって、

その場で蹲ってしまいました。

すると、運の良いことに、ダンプの轍はデス子の両側にできたのでした。

デス子は急いで渡り、ついに最後まで渡りきったのでした。


朝になりました。ラッシュ時です。今度は萌子の番です。

いつの間にか、デス子は友達をいっぱい連れてきて、

萌子がこれから国道を渡るところを見物するのだ、

と言ってはしゃいでいました。

友達は皆、

「いくら人間が野蛮だからといっても、

君のような美しい毛虫を轢殺すようなことはないさ」

と言って励ましました。

車はひっきりなしに走っています。

萌子は蝶の神に祈って国道へ入りました。

そして萌子は

『しまった、毛虫の神様にお祈りするのを忘れていた』と思った瞬間、

スポーツカーに轢かれてしまいました。

その上をダンプカー、消防車、リサイクルショップの収集カーと、

次々に走ってゆきました。

萌子のみどりの黒毛はタンポポの綿毛と一緒に、ふわり、ふわりと、

気持ち良さそうな春の空へ飛んでゆきました。

それを気が抜けたような顔で毛虫の仲間たちは黙って見ていましたが、

急にデス子が「ワァ〜」と泣きだしたので、

みんな、悲しくなって涙が出てきました。

それからしばらくして、デス子は空が飛べるようになりました。

ある晴れた日、デス子は友達の直子のところへ行きました。

「直子ちゃん一緒に遊ぼうよ」

「なに言ってんのよ、デス子。昼間っから。眠くてしかたがないわ」

デス子は、今度はメメ子のところへ行きました。

「メメ子ちゃん一緒に遊ぼうよ」

「うん、でも、私、昼間は眩しくて駄目なのですん。ごめんなさいですん」

デス子は毛虫時代のボーイフレンドのことを思い出しました。

「暁ちゃん、いますか」

ドアを開けると、お姉さんが出てきたので、デス子はききました。

お姉さんは不機嫌な顔で、何も言わずに、奥へ引っ込んでゆき、

奥の方から声が聞こえてきました。

「暁ちゃん、お姉さんがあれほど教えてあげたのに、まだ解からないの。

蝶の子をひっかけちゃ駄目よ。昆虫図鑑見せてあげたでしょう。

あの手の柄の羽をつけている虫は蛾じゃなくて蝶なの」

「俺は蝶なんかナンパした覚えないよ」

暁ちゃんは、デス子の顔を見て、

「やっぱ、しらないなぁ。何かの間違いだよ」

と言ってドアを閉めてしまいました。

しかたなく、デス子は、しばらくの間一人で空を飛んでいましたが、

少し疲れたので、サツキの花の上に止まって羽を休めていました。

すると、向こうの方から黄色い蝶が二匹上になったり下になったり。

多分恋人どうしでしょう。デス子を見て言いました。

「なんて、行儀の悪い蝶なんだろう。羽を拡げたまま、

とまっているなんて。まるで蛾みたいだ」

「ホント、あなたを誘惑しているみたい。いやぁねえ。

あんなにウエストが太くって、まるで蛾みたい」

二匹が去った後には、

ポカポカの青空が知らん顔してデス子の上に浮いていました。

 

 

詩埜美愛

 

うれ詩はずか詩あなわび詩