セクシーな仏像(ほとけさま)

 

 

 

昔、ある国にタナ・ギョウという名の若い托鉢僧がいました。彼は好んで僧

になったのではなく、貧しい農家の三男坊として生まれたので体の良い口減

 

らしとして修行僧となったのでした。


ですから、彼は家々を托鉢して歩いている時でさえ、いつも自分の身を嘆い

ていたので、有難いお経に時々、「アホンダラ」とか「クソッタレ」とかを

混ぜて唱えていたのでした。そして、自分の糧さえ充分でない食糧をタナ・

ギョウに振舞う信心深い人々の恭しい態度を心の中で笑っているのでした。

ある日、タナ・ギョウがそんなふうにお経を唱え終えて、お米を恵んでも

らっていた時、向うから立派な牛車がやって来るのが見えました。

 タナ・ギョウは、物珍しさに近づいていきました。すると牛車に乗ってい

たのは、この世のものとは思えないほど美しいお姫さまでした。お姫様には

三人の重臣と三十三人の家来がお伴していました。

「お姫様の旅でのご無事を祈って私に是非お経を読ませて下さいますよう

に・・。」タナ・ギョウは三人の重臣の中で最も偉そうな男に申し出まし

た。重臣は、胡散臭そうに破れた袈裟を着たタナ・ギョウを見下しました

が、コトがコトだけに一応お経を読むことを許してやりました。

 ところが、お姫様は牛車の中からタナ・ギョウを見ながら、「ホホホ、こ

んな乞食坊主のお経なんか何の役にも立たないわ。」と言って笑いました。

タナ・ギョウは、お姫様の笑い方があまりに無邪気でホントに可笑しいと

いったふうな笑いだったので、それにつられて自分も一緒に笑ってしまいま

した。すると、お姫様と目が合って、二人で大袈裟に笑い転げてしまいまし

た。が、すぐにお姫様はツンとすましてそのまま牛車に乗って行ってしまい

ました。

タナ・ギョウはしかたなくその行列を見送っていましたが、行列の一番後に

ついてゆく大男が腹ペコでもうこれ以上歩けないというふうに見えたので、

タナ・ギョウは托鉢して貰った米や麦焦がしを全部その男にやりました。

「お姫様は、王様の大事な一人娘じゃが、何度見合いしてもこれぞと思う男

に巡り合えない。そこで隣国に大そう立派な仏様があるときいて、よいお婿

さまが見つかるように願掛けに行かれ、今はその帰りなのじゃ。」大男は麦

焦がしをモグモグ食べながら、タナ・ギョウに教えてやりました。

タナ・ギョウは相変わらずインチキなお経を読みながら旅を続けましたが、

乞食坊主と蔑まれたことも忘れ、隣国へ入ってからも、あの美しいお姫様の

姿が目蓋に焼付いてどうすることもできません。

「また夢か。」河原で目を醒まし顔を洗っていると、大木がゆっくりと流れ

てきて、彼の前でピタリと止まりました。不思議なことだと思いタナ・ギョ

ウが丸太を引寄せようとした時、ふと妙案が浮かびました。―――「この木

でお姫様を彫るのじゃ。」

タナ・ギョウは河原で三日三晩一息もつかずに夢中になって一気にお姫様を

彫り上げましたが、その場でぶっ倒れてしまいました。

気がつくと、タナ・ギョウは立派な御殿の内で寝かされていました。

「お目覚めですか。」召使が事の成り行きを説明しました。

「先日、王子様が河原をお通りかけになった時、あなた様が立派な彫り物の

横で倒れておられるのを見受けられて、こちらへお運びしたのです。」大き

な器に盛った果物を置くと、召使は王子様を呼びに行ったので、彫刻をもっ

てきてくれるように頼めばよかったと思いました。王子様はやはり彫刻を

もってきませんでしたが、挨拶もしないうちに王子様にお願いするわけにも

いきませんでした。タナ・ギョウは助けてもらったお礼を言いました。する

と王子様は、タナ・ギョウに丁寧に頭を下げて言いました。

「あなた様のような偉いお坊様に私の屋敷に来ていただいて、本当に光栄に

思っています。私は信仰心が篤く今迄にそれはたくさんの仏像を見てきまし

たが、お坊様がお彫りになった仏様ほど素晴らしい仏像を見たことは一度も

ありません。まさにあの彫刻こそ仏像の真髄です。」

タナ・ギョウは王子様の言葉を聞いているうちに、それが本当に自分が彫っ

た彫刻かどうか心配になってきましたが、

「詳しくご説明しますから・・。」と言って、王子様に彫刻をここへ持って

きてもらうようお願いしました。実はタナ・ギョウ自身、あまりにも一生懸

命彫ったので作品を夢心地でしか覚えていなかったのです。

王子様が持ってきたお姫様の彫刻を見て、タナ・ギョウは我ながら感心して

しまいました。

―――これならば、若い男であれば王子であろうと誰であろうと感心するは

ずだ。顔は、あの美しいお姫さまと瓜二つだ。それにあの薄衣はなんだ。ま

るでスケスケルックではないか。我ながら目の置き場に困ってしまう。だ

が、こうして見ると仏像に見えぬこともない。俺は歌というものを知らない

から、鼻歌代わりにお経を唱えながら彫ったのでご利益があったのかもしれ

ないなあ。

「やはり私の目にくるいはなかった。あの姫君は仏様の生まれ変わりにちが

いない。お坊様、実は私はこの仏像とそっくりの姫君を知っているのです。

それは隣国の王の一人娘でヤンチャ姫という名です。」ヤンチャ姫か、平凡

だな、でも悪くは無い名だ・・タナ・ギョウはそう思いました。王子様の目

は輝いていました。

「私は以前から姫に結婚を申し込もうと思っていたのですが、私も一人息子

であることから、王である父の許しがもらえなかったのです。でも、仏様の

生まれ変わりであるならば父も決して反対はしないと思います。一刻も早く

姫に結婚を申込むことにします。」

お姫様が誰と結婚しようと、どうせ自分と結婚できない以上、関係ないこと

だとタナ・ギョウは思いましたが、この馬鹿王子と結婚させては、お姫様が

可哀想だと思ったので威厳をもってこう応えました。

「私はヨーロッパのある大国の王子ですが、ヨーロッパにはまだ仏教が伝来

していないので、是非東方の国から仏教を学んで、我が国にも布教しようと

思い、このような乞食同然の姿に身をやつして行脚しておるのです。私がい

つものように家々にお経を唱え終えて、あの河にさしかかったところ、丸太

がゆっくりと流れてきて私の前でピタリと止まったのです。そして、その中

から微かに声が聞こえてきたので、丸太に耳をくっつけて聞いてみると、

『苦しい、助けてくれ。ここから出してくれ。』その中から声が確かに聞こ

えてきたのです。私はただ驚いてどうしたらよいものかと思ってお経を唱え

て仏様に訊いてみました。すると、天から声が聞こえてきたのです。『この

者は悪魔という生き物じゃ。仏を畏れぬ極悪非道な生き物ゆえ、見るに見か

ねて、このような丸太に閉じ込めて河を下らせたのじゃが、時が来た。悪魔

といえども元は人間。功徳を積めば生き仏となって蘇ることもできる。当分

の間、お前に預けるから、この丸太から出してやりなさい。』声が止むと、

私の目の前に鑿と槌が現れたので、私は一心不乱に丸太を彫り続け、彫り終

えたとたんに精魂尽き果てて倒れてしまったらしいのですが、夢の中にも仏

様はおいでになり、このように言われました。『タナ・ギョウよ、よく聞

け。お前が彫り出したものは、百面相仏鬼という名の仏の顔をした悪魔

じゃ。この悪魔は、邪悪な者百人の顔形に変わることが出来る。この悪魔が

現している顔形の者に近づいた者は、地獄に堕ちなければならない。決し

て、その者に他人を近づけてはならぬぞ。』そして、気がついたらこちらの

御殿に寝かされていたというわけです。」

王子様は、蒼褪めた表情で、タナ・ギョウに尋ねました。

「お坊様、それでは、あの美しいヤンチャ姫は、仏様の生まれ変わりではな

く、悪魔の化身だとおっしゃるのですか。」

「そうです。あの姫は、あなたを誘惑するために、あのような美しい姿をし

ているのです。仏様は悪魔にも美をお与えになりました。それは、人の良心

をお試しになるためなのです。あなたは決して悪魔の美貌に騙されてはなり

ません。それによく見て下さい。あの毒々しい肢体。」

「セクシーだ。」王子は溜息をつきました。「そういえば、仏様にしては少

し色気がありすぎる。」王子はがっくり肩を落としました。

その話を聞いた王様は、「息子の危ないところをお助け下さって有難うござ

いました。もし、隣国の姫を嫁に迎えでもしたら、戦争でも起きかねないと

ころでした。何しろ隣国の王の跡継ぎがいなくなってしまうのですから。実

質的な国の乗っ取り行為だと思われても仕方がないところでした。」と言っ

て、お礼にタナ・ギョウに三頭立ての馬車と八十八人の家来を与え、王子様

が一番気に入っている宝石を散りばめた絹の服を着せて見送りました。

「ヨーロッパのあなたの国へ帰られましたら、是非あなたのお父上であらせ

られる大王様に宜しくお伝え下さいますよう・・」

タナ・ギョウは、なんだか狐につままれているような気持で馬車に乗ってゆ

きましたが、

「これならば、誰が見ても自分を大国の王子と思うに違いない」と思ったの

で、チャンスだとばかり、見送りの姿が見えなくなると、方角を変えヤン

チャ姫のいる国へ戻っていったのでした。

城の近くまでタナ・ギョウの行列がゆくと、立て札がたっていて、こう書い

てありました。

―――仏像のコンテストを行う。優勝したものには、姫を嫁にとらせ、この

国の王とする。

タナ・ギョウは、しめたと思いました。どうせ、ブルジョア趣味の王様など

に、仏像の良し悪しなど解かるわけが無い。コンテストの判定基準は『どん

な出来ばえの作品かではなく、だれが出品した作品か』であるにち

がいない。ヨーロッパの大国の王子の作品であれば、王様もきっと気に入る

にちがいない。

タナ・ギョウは、さっそく城に入り、「私はヨーロッパの大国の第三王子だ

が、この仏像を出品する。」と言って、彫刻を馬車から降ろして会場に陳列

しました。

一方、王様もコンテストに出品する仏像を用意していました。王様は仏像マ

ニアでありましたので、国民から年貢を搾れるだけ搾り取ってありとあらゆ

る仏像を買いこんでいましたが、イマイチ何か満足できないでいました。そ

れは何かとよく考えたところ、一つとして自分に似た仏像が無いということ

でした。王様は自分のお気に入りの仏師に自分を彫らせ、仏像とするよう言

いつけました。そして待望の仏像が出来上がったので、それを出品して、自

分がコンテストで一位になることを決めていました。

なにしろ最終決定権は自分にあるのですから。そして、ヤンチャ姫は自分の

嫁にするつもりだったのです。

王様は、先月妻が不倫しているところを見つけ、三行半(みくだりはん)を

書いて、国外へ追放したのですが、念のために娘のヤンチャ姫のDNA鑑定

もしたのでした。判定の結果、残念ながら、娘だと思い続けてきたヤンチャ

姫は実の娘ではないことが判かりました。冷静になってみると、王様にとっ

ては好都合であることが解かったのです。王様の仏像を見る基準は、どんな

高名な仏師が、どれだけの金をかけて創ったものであるかということでし

た。一事が万事、娘が娘であるための理由は、自分との血の繋がり、自分の

遺伝子を受継いでいるかどうかと言う事だけでした。自分の血が流れていな

い者は、自分の娘であるはずがない。自分の娘でなく、それがいい女なら、

当然自分の結婚の対象として充分考える価値のあることなのでした。

王様は自分の仏像を仏教大臣に陳列するように命じて、自分の書いた表彰状

を自分が読み上げ、自分が受け取る―――そんな晴れ姿を想像し、胸をはず

ませていました。王様は表彰状を受けるために一番上等の服を選んで、会場

へ入って行きました。

 入場するやいなや、王様の目には、一つの仏像を取り囲むようにして群

がっている黒山の人だかりが、入ってきました。てっきり、自分の像の前に

集まっているのだろうと思い、王様は内心満足に思って、群集に近づいてい

きました。みな、褒め称えて話し合っていました。

「こんなすばらしい仏像は見たことがない。ラディカル且つリアリティーに

富んでおる。これからの仏像はこうでなくてはならぬ。」

「やはりヨーロッパの大国の王子様が出品されただけのことはある。」

王様は、はて、と思いました。人をかき分けて仏像が見える位置へ達して見

ると、その仏像は、自分が出品したものではなく、ヤンチャ姫と瓜二つの仏

像ではありませんか。しかもあろうことに、その姿は、まるでストリップ嬢

のそれではないか。おまけに誰も知る者はいないはずの右内腿にある小さな

☆形のホクロまでがはっきりと彫りこまれている。押し合い圧し合いで像を

見るのが精一杯で、誰も王様に気づく者がいない様子を幸いにして、王様は

逆上する自分の心を抑えて、その場をス〜っと抜けて、自分の部屋に戻って

ゆきました。

王様は少しの間、頭を冷やしてから、ヤンチャ姫を呼びつけました。

「何でしょうか。お父様」

「お父様だと。まあ良い。だんだん母親に似てきおって。ヤンチャ姫、服を

脱ぎなさい。」

「なんですって」

「服を脱いで、おまえの体をわしに見せろと申しておるのじゃ」

ヤンチャ姫が躊躇っていると、王様はヤンチャ姫の服を強引に剥ぎ取ってし

まいました。

「お前はなんというふしだらな女だ。やはり母親の血をたっぷりとひいてお

る。その内腿のホクロ、☆形のホクロ、お前はいつあのタナ・ギョウとかい

うヨーロッパの王子の前で裸になったのじゃ。」

「お父様、私はそのような者の名前も知りません。」

「うむ、お前の母親もそのように言ったため国外へ追放せねばならなくなっ

た。」王様は司法大臣を呼びつけ、姫を監禁してしまいました。

王様は、タナ・ギョウをすぐに殺してしまおうと思いましたが、なにしろ

ヨーロッパの大国の王子を殺したとなると戦争になると思いました。戦争に

なってもGDP1%以内の軍事費の戦力では、とてもヨーロッパの大国に勝てる

わけがありません。王様は少し仏像を買いすぎたことを後悔しましたが、仏

像はただ陳列しておくだけではなくて、拝むものであることを思い出しまし

た。

王様は、仏像コンテストの発表日を延期するように大臣に命じました。そし

て、タナ・ギョウと家来を晩餐会に招待することにしました。

王様は給食大臣に命じてタナ・ギョウ達の食事の器に、アホウになる薬を入

れさせていたのでした。タナ・ギョウもその家来達も、アホウになれば何も

かも忘れてしまうので殺る必要もなくなるとおもったのでした。

たくさんの仏像が飾ってある食堂へタナ・ギョウを案内して、王様は、食事

の前のお祈りをしました。王様は仏像を拝んだのは初めてのことでした。

『どうか、私の計画がうまくいきますように。でなければ、私はこの者ども

を殺さなければならなくなります。ヘタをすると私も殺されます。私が殺さ

れればあなた方仏像も焼かれてしまうかもしれません。どうか他人事と思わ

ないで、自分の身になって考えてみて下さい。』

タナ・ギョウも祈りました。『私は、ヤンチャ姫に会いたい一心でこの城に

やってきましたのに、未だ、姫の姿を見ておりません。どうか、一刻も早く

姫に会わせて下さい。』

お祈りが終わると、給食大臣が数人の部下を連れて食事を運んできました。

給食大臣は、タナ・ギョウの顔を見て一瞬びっくりした顔になりましたが、

すぐにすまし顔になって、自分でタナ・ギョウのところへ食事を運んで、タ

ナ・ギョウに笑ってメクバセしてみせました。タナ・ギョウは、給食大臣

が、以前自分が托鉢していた時にお姫様の行列に出会った時、行列の一番最

後についていた大男であったことに気づきました。あの時食べ物をやったこ

とを思い出しました。メクバセの意味は多分その時のお礼として、自分があ

の時の乞食坊主であることを王様に知らせないでやる、という事だろうとタ

ナ・ギョウは思ったのですが、本当はそれよりももっと重要な事でした。

タナ・ギョウは思いました。『適材適所とは良く言ったものだ。あの腹ペコ

の大男が給食大臣に出世しておるとは。仏様のお導きとは有難いもの

じゃ。』

タナ・ギョウは何だか、自分が僧の衣を纏っている時よりも坊主くさい事を

思うようになってきたと思いました。

ご馳走は見た目も美しく、大そう美味しい物ばかりでしたので、タナ・ギョ

ウは満腹になるまで食べました。デザートの果物を食べながら、タナ・ギョ

ウは隣の席で食べている王様に尋ねました。

「王様、大変おいしいお食事を戴き有難うございました。ところで、お姫様

はお元気でいらっしゃいますでしょうか。」

「なに、なに、お姫様とな。ひめ、ひめ、ひめ、ひめ、えひめけん、う〜

ん、ひめなあ、ひめとは一体なんのこっちゃ。わしゃ、知らんのう。」

タナ・ギョウは、てっきり王様がワインを飲みすぎて、酔っぱらってしまっ

たのだろうと思いました。ところが、変なのです。自分の八十八人の家来は

皆、目つきがおかしくなって一人でへへへと笑ったり、隣の席の者の食事を

平気でつっついたり、フォークを反対に持って食べたり、ともかくみんな変

なのです。

給食大臣がタナ・ギョウに近づいてきて話しました。

「王様は、あなた様にコンテストで優勝され、お姫様を取られてしまうのが

嫌なので、食事にアホウになる薬を入れて、あなた様をアホウにして何もか

も忘れさせてしまうつもりだったのです。それで、私は、王様の食事とあな

た様の食事を取りかえて、お配りしたのです。王様の仏像道楽のために国中

の者が皆迷惑しています。私も出世して大臣になれたから良かったものの、

それまでは食うや食わずで、いつも腹ペコでした。」

タナ・ギョウは大男から事の次第を聞いて危ういところを助けて貰ったお礼

を言い、其れから尋ねました。

「お姫様はお元気ですか。」

「はい、お元気です。けれども王様に監禁されておしまいになってからは、

いつもションボリされて、食事もあまりとられないようです。でも、もうご

覧の通り、王様はアホウになっておしまいですから、怖くはありません。こ

れからお姫様のところへご案内します。」

大男の給食大臣は、タナ・ギョウを案内しました。

ヤンチャ姫は窓から星を眺めていました。

『私は、どの星で生まれたのかしら。こんなにたくさんある星の中のどれか

一つの星で生まれたのよ。だから、私の腿には星形のホクロがあるのよ。星

においでになる私の本当のお父様、私の本当のお母様、昨日までの私の我儘

をお許し下さい。私は今迄、母でない女を母と思い、父でない男を父と信じ

ていました。そして、偽両親の我儘を真似、私も当然のごとくその我儘を貪

り血肉を作ってまいりました。どうか私の罪をお許し下さい。きっと、私の

お婿さまも星においでのお父様とお母様が見つけてくれるに違いないわ。』

ヤンチャ姫がそんな事を思っていると、星が一つ流れました。その時どうい

うわけか、牛車の中から見た若い托鉢僧の笑顔が浮かんできました。姫に

は、あの時の出来事が今ではとても素晴らしい出来事のように思えてきてい

たのです。姫は今迄一度も自分以外の誰かと一緒に心から笑ったということ

はなかったのです。あの托鉢層と一緒に心から笑えたのが嬉しかったので

す。

ヤンチャ姫は目を閉じて、托鉢僧の笑顔が心の中から出て行かないように手

を合わせて瞑想にふけっていました。

「お坊様、あの時は乞食坊主などと言ってごめんなさい。私は、いつの間に

かあなた様のことが忘れられない人になってしまったようです。どうか、も

う一度私の前にお姿をお見せ下さい。そして、私をお嫁にもらって下さ

い。」

タナ・ギョウが、そ〜っと部屋に入ってゆくなり、いきなり、そんな姫の言

葉が耳に入ってきました。タナ・ギョウはてっきり担がれているものと思っ

て、姫に向かって言いました。

「よろしい。だが、姫の願いを叶えるためには、仏様のおっしゃる事をせね

ばならぬ。よいか。」

ヤンチャ姫は、部屋には自分しかいないと思っていたのに、声が聞こえてき

たので、びっくりして目を開きました。なんと、そこにいるのは、破れ衣で

はなく、宝石を散りばめた絹の服を着たあの時の若いお坊様ではありません

か。

「はい。何でもします。」姫は嬉しさをこらえて、厳粛な顔をして答えまし

た。

タナ・ギョウは調子に乗って言いました。

「今年は日照りが続き、このままでは作物が何一つできないだろうと、農民

たちは困り果てております。どうか仏様、天から米と麦を降らせて、皆を助

けてやって下さいませ。と私がお祈りしたら、仏様はこうおっしゃった。

『タナ・ギョウ、わしはお前の言うことをきいてやっても良いと思ってい

る。しかし、それには条件がある。わしは、ヤンチャ姫のストリップが見た

いのじゃ。』姫様、仏様は本当にそうおっしゃたのです。」

タナ・ギョウが真顔でそう言うと、ヤンチャ姫は俯いて紅くなっていました

が、急に衣服を脱ぎ捨てて下着一枚になって天守閣の屋上に上がって、踊り

始めました。

タナ・ギョウは、呆れながらもその艶やかさに見とれていました。青空の下

でヤンチャ姫は肢体をセクシーにくねらせて踊っています。

やがて風がでてきて、いつの間にか黒い雲が天を覆い尽くし、あたり一面闇

のようになってきましたが、ヤンチャ姫の内腿の☆形のホクロが微かな光を

放っているらしくて、姫の肢体だけが、ベールのような下着を靡かせて、ぼ

んやりと宙に浮かんでいるように見えました。

姫は踊りながら祈っています。『どうか米と麦をお恵み下さい』

雨が降ってきました。雨はだんだん強くなりヤンチャ姫の下着は膚にぴった

り付着して、体の線が一層露わになってきました。その姿を、タナ・ギョウ

は息を殺して見ていましたが、急に、「雨だ、雨が降ってきたぞ!!」と大

声で叫びながら天守閣を下り、城の門をくぐって、自分の両親の住む家に向

かって走ってゆきました。

ヤンチャ姫は、その事にも気づかず、いくら祈っても、降ってくるのは雨ば

かりなので、半ば涙を流してヒステリックな叫び声で天に向かって祈り続け

ました。

「仏様、どうか雨ではなく、麦と米を降らせてください!!」

ヤンチャ姫は、“耕作する”ということを知らなかったので、農民は天に

祈って、仏様から米や麦を降らせてもらうものだと思っていました。ですか

ら、ヤンチャ姫はびしょ濡になっていつまでも祈り続けたのでした。

雨の中を走って自分の故郷へ着いたタナ・ギョウは、口減らしとして村から

出されたことも忘れて、ただ懐しさだけが込上げてきました。

「田植えの時期になったら、家に帰って手伝っておくれ」と、タナ・ギョウ

が村を出る時、母親から言われていたのを、雨が降ったので急に思い出した

ので、タナ・ギョウは急いで村に帰ってきたのでした。

家では両親と兄弟姉妹がみんなで田植えを始めていました。みんなはタナ・

ギョウの姿を見つけると、どこかの王子様だと思って、畦道に出て土下座を

しました。

「おっとお、おっかあ、俺だよ。」

タナ・ギョウは顔を覗き込んで声をかけました。

息子の顔を見た父親は、キンキラキンの服装を見て言いました。

「お前はなんという罰当たりなやつなんだ。いくら貧しくても悪いことだけ

はしないですむようにと思い、お前を僧にしたのに。その服はどこで盗んで

きたのだ。」

今までの出来事を話しても信じてくれません。母親があり金をはたいて袈裟

を買って持たせてくれたことを思い出しました。タナ・ギョウは、その袈裟

を隣国の城の更衣室のゴミ箱に捨ててきたのでした。タナ・ギョウは母親の

顔を見ていると涙がこぼれてきそうでした。

タナ・ギョウは、皆と一緒に恵みの雨を降らせて下さった仏様に感謝して、

一生懸命田植えをしました。

田植えが終わると、タナ・ギョウは、家族と名残を惜しみました。

タナ・ギョウは、虹の下の道をヤンチャ姫のことを思って急ぎました。

ところが城へ着いてみると告別式が行われていました。なんと、それは、ヤ

ンチャ姫の告別式だったのです。タナ・ギョウが田植えをしている間に、姫

はあまりに長時間、激しい雨に打たれていたため、肺炎になって高熱を発

し、亡くなってしまったのでした。

柩の中の花に囲まれて目を閉じているヤンチャ姫の姿を見て、タナ・ギョウ

は涙を流し焼香し、念仏を唱えました。

大臣たちは、タナ・ギョウの姿を見つけると、涙を流して頼みました。

「王子様、どうかこの国の王様になって下さい。ご承知のように王様は、ア

ホウになっておしまいですし、頼りのお姫様もお亡くなりになってしまいま

した。私たち大臣の中には王様になる資格のある者は一人もおりませんし、

国の治め方を心得る者もおりません。」

タナ・ギョウは、ヤンチャ姫のいなくなった城に残る気持ちはどうしても起

こってきませんでした。

「私には、仏教を学んでヨーロッパの自国へ伝えるという大事な使命があり

ます。ですから、この国にいつまでも居る事はできないのです。それに、こ

の国には、王様の資格のある者がいます。それは、給食大臣、あなたです。

国の治め方は簡単です。今、このお城の大広間に陳列してある数えきれない

数の仏像を、この国の全部の家庭に一体づつ配り、全国民に仏の恵みを与え

るのです。そして、これからは仏像をつくるための税金は国民から一切徴収

しないことにするのです。それで仏教大臣はもう必要なくなりましたのでポ

ストを廃止して、現仏教大臣あなたは、給食大臣の後任にあたればいいでは

ありませんか。」

皆が賛成したので、タナ・ギョウは、王様になった大男に言いました。

「君が王様になって、国民は喜んでいると思うよ。だから、君が満腹できる

だけの食物を皆が手にいれることができるようにしてやっておくれ。」

タナ・ギョウは、馬一頭だけを連れて、自分が彫ったヤンチャ姫の像を乗せ

て、また旅に出ました。

菩提樹の林にさしかかった時に日が暮れたので、タナ・ギョウは馬から、姫

の像を下ろして、懇ろにお経を唱えた後、眠りにつきました。

確かに眠っているのですが、体を揺する者がいる事に、タナ・ギョウは気付

いていました。薄く目を開けると、その途端に閃光がタナ・ギョウの目を打

ちました。その光は姫の股間から出たように思えました。暫くしてまた目を

開けると、月の無いせいか、像の内腿にあるはずの☆形のホクロがなくなっ

ているように見えました。タナ・ギョウはいつの間にかまた目を閉じて眠っ

てしまったようです。

眠っているタナ・ギョウに声が聞こえてきました。

「あなたって嘘つきね。麦や米は天からではなくて地からとれるんですって

ね。仏様が教えて下さったの。あまりしつこく、米や麦をおねだりしたの

で、『地へ降りてとってらっしゃい』って、仏様の国から追い出されちゃっ

たの。私。今度は星で生まれたのじゃないわ。私、ここで生まれたの。二人

でここを耕して米と麦を作りましょう。そして、ここに小さな家を建てて二

人で暮らしましょう。」

暖かい息と、柔らかくて張りのある肌の温もりが、心地よく伝わってくるの

をタナ・ギョウは、眠りながら感じていました。

「わたしをお嫁にもらってくれるでしょう」

そんな声や感触が、眠りの内側から伝わってくるのか、それとも外側からな

のか、タナ・ギョウは知ることができないほど、ぐっすりと眠り込んでいる

のでした。(了)

 

 

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