狐火

 

 

自転車を止めて 気が付いた 

どんなに疲れても 漕いでいなければ

燈火を 燈していることができないことに
  
月も無く 星も無く 人家もないことに 気が付いた

ここは 人ひとりが漸く通ることができる 狭い畦道
 
もう少し行けば 小川があって 小さな橋が 架かっている

一度 あのこと渡ったことがある

でも 今は 足元さえ 見えない

怖くて もう 自転車に乗るどころか
 
一歩だって 歩けやしない 

道に迷って 凍死した人の話を 聞いたことはあるが

昔話だと思っていた

自転車を押して すごすごと歩いていくが

いつまで経っても 小川の せせらぎが聞こえてこない

一本道だったかどうかは 憶えていない

何処かに 別れ道があって 間違ったのかもしれない

いまさら 引き返すわけにもいくまい

  振り向くと

かなた後ろに 何か蒼白いものが ゆらゆらしている

さっき通った時には 何もなかったはずなのに・・・

なんにしろ ともかく 明かりを見つけたのだ

躊躇することは無い

向きを変えて 近づく

すると 

色白で細身の美しい少女が一人 蒼白い焔に包まれて

白っぽい彼岸花に似た 線香花火を点していた

焔はスポットライトのように 少女だけを映し出し 周りは闇そのものだ

花火をつまんでいる 少女の細い指先が 妙に 妖艶だ

傾げられた 白鳥のような襟首が 焔に映え
 
仄かな風にそよいで 揺れて見える
  
この寒空に 少女はノースリーブだ

鳥膚一つたてていない 鏡のように滑らかな 白い膚

小ぶりだが 形の良い乳房が 蒼白い光に 透けて見えるような気がする

雪が降ってきた

蒼く煌きながら 花びらのような結晶が ゆっくりと 降りてくる

花火が いつまで経っても 燃え尽きることがないことに気付いたとき

淡い橙色の焔が 激しく揺れて

少女の頬に 笑窪のような影を作った 

微かに紅をさした クリーム色の唇が ほんの少し動いたかに見えたが

長い睫は 瞳を閉ざしたままだ

座って 少女の顔を覗き込もうとすると

急に 寒気が襲ってきた
 
ああ 凍えそうだ

体を凍えさせて 僕の魂を此処に留めさせるつもりらしい

このまま いつまでも 今でありたい

奇妙な願望が 僕を自縛する

恋しかった 燈

だが もっと恋しく思っていたものが 何だったのか

今は はっきりと 解っている

じっと見ていると 少女自身が焔であることに 気付く

少女は 蒼白い焔の中に 焔の一部として存在するが

少女を取り囲んでいる 蒼白い焔は

彼女無しでは存在し得ない 光でできた影なのだ

眠気が襲ってくる

この少女といる限り 僕は凍え死ぬことは無い

少女に照らされた 僕の心が消え去ることは無い

誰も この 至上の今を 消し去ることはできないのだ

焔が傘のようになって 僕を守ってくれている

朦朧とする意識の中に 微笑んでいる少女が 蒼白い焔が あのこであることは

いまや 疑い得ない事実なのだ

 

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