クライマックス(讃歌・考)

 

 

佐助が 全身全霊を込めて 自らの両眼に 針の槍を突き立てた

その瞬間

訪れたのは 漆黒の闇ではなく 

ほの白いスクリーンが そこに浮かび上がったのだった

偶然の皮肉ではない

この瞬間 佐助はこの現実から彼岸に達することを誓ったのだ

いや 現実の形の中にこそ 同時に超越した世界がある

現実を影のように従えることを決意した瞬間だったのだ

揺れる薄明かりが 一人の観客の白髪を嘲笑うように撫でたかと思うと

その観客はすくっと立ち上がり

鶯柄の着物を脱ぎ捨て 裸身をあらわにして 叫んだ

"佐助とはこの俺のことだ"

と 同時に

持っていたステッキを スクリーンめがけて投げつけたではないか

見事 ステッキは春琴の帯を解いて花の乳房を露にした

佐助は何事もなかったかのように静かに春琴の身を起こし

春琴の手をひくと神々しい光の中を飄々と歩んでゆく

鵙柄の着物を着た佐助は

梅模様の縮緬に身を包んだ春琴の手をとって

琴三絃に踊る楽譜のように軽やかに歩んでゆく

闇の中でこそ見えるものがある 闇の中でしか聞こえない音がある

佐助は雅に拵えられた鯛の刺身を箸でさしだし

闇の中で春琴の品の良い口許を眺めている

闇がつくる静謐の中に春琴の玉を転がすような笑い声が聞こえたかと思うと

今度は信じられないほど爛漫なよがり声が聞こえてくる

そして その次には佐助の慟哭と恍惚を押し殺した沈黙が韻律を踏む

闇は光そのものであった 沈黙は音そのものであった

いや

二人を現世において生霊にしてしまった張本人だったのだ

足元を見ることも無く

地面に張った薄氷を決して割ることなく歩くことができるのは

春琴の火傷の顔を決して見ない佐助にしか出来ない技だ

漆塗りの空から黄金が輝きながら降りてくるなだらかな坂道を

二人は手をとりあってゆっくりと墓地に向かって歩いてゆく

 

 

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