病院の八階から広島の街を見渡す。食事をしながら母と話す。 「私、こんなに長い間広島に居るのにたった１度しか、平和記念館に入ったことがないよ。」「ああ、１度行けばいいよ。おれも５〜６回しか行ってないな。」初めて行ったとき母も一緒だった。幼稚園児だった弟は泣きながら「おばけだ、おばけだ・・・」と大声で叫んで出口へ走っていった。昔はそれほどインパクトのある展示をしていたのだ。 病院の真ん前に平和記念館があり、左手に国際会議場がある。かなり遠いが真正面に原爆ドームが見える。戦後大きく発展した広島の街では、今やちっぽけな建物の一つだ。だが広島では、それはまるで夜の世界の月のような存在だ。月が我々の視界において空全体の何千分の一を占めるのか何万分の一を占めるのかは知らないが、月の存在感にそんな事は無関係だ。広島の街にどんな摩天楼が建ったとしても、その存在感は原爆ドームを凌ぐことはないだろう。