小夜とヤマンバ

 

 

シルバーシートに陣取った

天真爛漫な ミニスカヤマンバが二匹

ペースメーカーを胸に抱えた老人を前に立たせて

携帯電話に夢中になっている

彼女達の姿を見ていると

なんだか 小夜だけでなく香世の鬱屈した精神に

憐憫の情と限りない愛おしさを感じてやまない

ヒステリー症

四肢を硬直させて狂乱する吾が娘の病名を知ったとき

その響きのおどろおどろしさに狼狽していた香世

その香世が 最近ではよく体の不調を訴える

香世は 私が小夜に対し 単に娘としてではなく

何か 女性としての異質の感情をもっていることに 気付き始めたようだ

香世の症状も 本質的には小夜のそれと同じだ

だが 香世は断じてそれを認めるわけにはいかない

四肢は絶対に硬直させたりはしない

それが 母親の本能とでもいうものらしい

香世はよく 私の前では

声が出ないという 腰が痛くて立てないという

だが 電話が鳴れば普通に話せるし

雨が降れば 干していた布団を 慌てて家に取入れることができる

どこの病院に行っても 異常なしと言われる

だが 精神科だけには絶対に行かない

先日は 頑強な骨格を医者に誉められて帰ってきた

しかし 香世はその度に 医者を藪医者あつかいして

自分で 色んなこじつけをしてみせる

普通の人より喉の粘膜が弱いのだとか

学生時代に無理な運動をしすぎたせいだとか

そして病名も色々つけてみせるが 決して ヒステリー症ではない

よくストレスのせいにしていたが

最近では 少し早いと思うのだが 更年期障害だと言っている

自分がコントロールできる意識の世界から 逸脱した原因によるものなのだから

病名など 医者にでも任せておけばよいものだと思うのだが そうはいかないらしい

それは ちょうど 理由も無く無闇に 自分でも判然としない衝動に駆りたてられて

ただ何かを書いている もの書きが

その作品を "落書き"とだけは言われたくない心境に似ている

詩とは呼んでもらえなくとも せめて ショートショートだとか コラムだとか・・

それこそ 暇な学者に任せておけばよいことなのに

絶対に "落書き""ヒステリー症"などと呼ばれたくないのは人情なのだ

ヒステリー症患者も もの書きも

ヤマンバよりは 遥かに 広く

けれども 規範の網の目が張り巡らされた

秩序を求める世界に 住んでいるのだ

決して希望を見捨てる世界には住んでいない

だから 葛藤があるのだ

小夜と香世に 憐憫の情と限りない愛おしさを感じてやまない

まして 全て 私のせいなのだから

 

 

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