少女を活ける花瓶

 

 

 

鈍色の空の下に デコレーション・ケーキで拵えたような街の風景

背景には ゆったりと波うつ海に似た山並みが黒く拡がっている

窓越しに眺めていた街角から目を移して

薄明かりの部屋の中に目を遣ると

古い有田焼の花瓶が一つ 床に置いてあるのに気付いた

花は無い

気のせいか 少し揺れたような気がした

今度は ことことと音がする
 
近寄って見ると 確かに 小刻みに揺れている

花瓶の口から 白い虫が一匹二匹とにょきにょきわいて出てきた

虫ではない 指だ 細長いそれは女のものだ

指はどんどん這い出して 腕が伸びて来た

腕は一度引っ込んだが 両手の指が花瓶の縁を掴んで

ちょうど さなぎが蝶になるときのような仕種で 今度は首が抜け出てきた

顔立ちは苦渋に歪んでいてよくわからないが 女にまちがいない

花瓶の口が軋んで肩が出てきた そして胸 腹部・・ 

抜け出ようとして見せる 弾力に満ちた生命感が官能を圧倒する

臍が見えはじめた頃から 花瓶が大きく腰を揺すって音を立て始めた

難産の様子 よく割れないものだと感心する

女の首は 顔いっぱいに皺をよせて 白い金属色の髪を振り乱している

何故だか 声は少しも聞こえない

長めの地震のように揺れていたが 諦めたのか ぴたりと止まってそれっきりだ

おや 花瓶のふちから何かが流れ出てくるぞ

なるほど

花瓶が自分自身をこれで覆って 蒼緑色のロングスカートに仕立てたってわけか

生まれたばかりの赤児のような皺くちゃ顔は みるみる修整されて

いっぱしの美少女に生まれ変わっていった

赤紫の葡萄を 限りなく薄く クリームでのばしたようなテイ―シャツは 

ボデイ―ペインテイングに等しい

少し上向き加減の乳房が可愛いらしい

ほのかに紅い頬 それよりほんのちょっぴり濃い躑躅のような小さめの唇

いつの間にか 軽くカールした髪には 水色のスカーフが被せられている

少女は少し青味がかったグレイの大きな瞳で きょろきょろしていたが

愛らしい肩から生えた 真っ白い膚の 白鳥のように長い首としなやかに伸びた手が

急に 催眠術にでもにかかったかのように モデルのような ポーズをとりはじめた

自分は花のつもりらしい
 
顔だけ真横にし 胸はほんの少しだけそらせている

左手の長い指を首にあてがって 右手首を胸の谷間で交差させている
 
舞い降りたばかりの白鳥さながらだ

きれ長な大きな瞳は伏し目がちで 何故か 大和撫子を思わせる

そうだ 俺は写真家なのだ

慌てて カメラを構えようとすると

少女は ポーズをやめて 潤んだ目で窓を指差した

見ると

雪が降り始めていた窓から 星の群れが流れ込んできて

七色の閃光が乱れ飛んだ

少女がこの世のものとは思えないほどの美を放ったのは ほんの一瞬だった

光という光が 重なり合って 花の少女を溶かしてしまったらしい

構えたファインダーの中には

涙でも流したかのような 一しずくの水の痕のある 薄よごれた花瓶が

一つころがっているだけだ

 

 

 

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